AiRE DESIGN STUDIO

カテゴリ:建築( 8 )

AiRE DESIGN STUDIO

設計事務所で働く一方で「アイレデザインスタジオ」という名称で個人の設計活動を始めた。



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「AiRE」はスペイン語で「空気」の意味。

僕は建築という行為を通じて空気を作り出したい。
空気は僕らの周りにある当たり前のもの、さりげないもの、
普段は意識することすらないものかもしれない。

しかし、その当たり前にあること、当然であるというものを、飾らずに、心地良いデザインをしたいと思う。


本当に良い空間に出会った時、そこに含まれる空間の質がある。
それは「時間」という概念だ。

スペインの建築家エンリック・ミラージェスの『イグアラーダの墓地』が持つ空間は正にそれだ。

空間に流れる時間。
今その目の前にしている空間=時間が昔から続いているようで、未来にもあり続けるだろうと感じれるもの。
いつまでもその場所に居たいと思える空間。

そんな時間を含んだAireをつくり出したいと思う。


「AiRE」は「A:RE」でもある。

A:Architecture。
3.11以降、自分の建築に対する認識が大きく揺さぶられた。
ボランティアを通じる中で突きつけられたのは、人が生きるとはどういうことか?ということだ。人が生まれ、死に、生きる為に水を飲み、物を食べ、話し、眠り、移動し、排泄し、病気をし、居場所を求め、互いに支え合い、仕事をする。そう言った“人間として生きること”の本質を考えなければならないのだと。そして、その人を包む器を作るという行為が建築であり、それは“人の営み”であると。

その建築のあり方を、これからの時代を生きる中で再考して行きたいというのがA:RE DESIGN
に込めた思いだ。


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個人の設計活動を始めたのはリフォームの依頼を受けたのがきっかけだ。
それは戸建住宅の部分的な改装だ。

規模は小さいけれども、そこにはそこで暮らしてきた生活の香りや家族の歴史がある。
それらを丁寧に拾いながら、これからの未来へと繋げていくデザイン。

クライアントと向き合うことで学ぶ事はとても多い。
設計を通じて触れる人々の生活。人生。
良い空間は住み手に生活の潤いを与え、気持ちを明るくし、幸福につながる。
もちろん逆のこともあるだろう。

建築という行為と作る責任を通じて人々の生活の一旦を担うことができるというのは、本当に幸せなことだと思う。


AiREを、求めて。



―TAKU―
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by goro0124 | 2011-09-19 01:46 | 建築

勉強と設計と



一級の勉強をしながら設計事務所でアルバイトをする日々。

設計は病院のプロジェクト。
基本計画~実施設計の段階なので、一番やりがいのある時期だ。

プレゼンテーション用のパースや模型を作ったり、これからは実施図面を書いていく。


毎週日曜日は資格学校の授業があるけれども、
それだけでは勉強時間が足りないから夜な夜な都内のファミレスで勉強。
最近ファミレスのスタンプたまりました。


試験まであと二か月。
メリハリつけて。





-taku-
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by goro0124 | 2010-05-26 22:56 | 建築

Cementerio de Igualada



スペイン滞在中に最も感銘を受けた建築、
Enric Miralles設計/イグアラダの墓地。



荒涼としたランドスケープとの見事な調和。
複雑な平面から生み出されるシークエンス。
時間の移ろいと共に表情を変える、光の彫刻。



この建築は自分の修士論文のテーマでもある。
この地に眠る、今は亡きミラージェスの設計手法を読み解く。



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写真が伝えれるものがある。
写真が切り取れないものがある。

イグアラダの墓地、これは間違いなく後者だ。




―taku―
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by goro0124 | 2009-08-17 22:06 | 建築

建築のデザイン、人の所作



先日つくばに行く機会があり、磯崎新氏が設計した「つくばセンタービル」や、谷口吉生氏の「つくばカピオ」を見学した。

つくばカピオは体育館・シアターを含む公共施設で、その規模や門型フレームのデザインは上野の法隆寺宝物館と同等である。

この建築には法隆寺宝物館に見られる水盤が無いのだが、その水空間の有無が両者の空間の決定的な違いを生んでいるように思う。


つくばカピオはそれが含む機能ゆえどうしても大きいヴォリュームとなってしまうのだが、建築の印象がヒューマンスケールなのは、素材の扱いや目地など細かいディティールが考え抜かれているからだ。


逆に言えば、ディティールが考えられているからこそ、建築全体が良く見えるのだとも言える。


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建築を巡りながら、このことは人にも言えることなのではないかと気づいた。


その人のあいさつの仕方や佇まいなど、小さな所作の一つ一つが人となりを表すのだと思う。


1年程前に吉川栄治著の『宮本武蔵』(全8巻)を呼んで、感銘を受けたのはまさにこの点だ。


第二巻の下りに以下のような場面がある。


剣術の修行のために全国を渡り歩く若武者武蔵。
そんな中、彼は時の剣の大家柳生石舟斎と会うべく京に上る。

武蔵は屋敷に活けてある一厘の花を手に取り、その枝の切り口の見事さに感じ入る。
すでに比類ない剣の強さを得ていた武蔵だが、同じように自分で試しても切り口はそのようにはならない。

その花は石舟斎が活けたものであったが、武蔵はその一端を通して己の非力さを感じるのである。

このシーンは『宮本武蔵』を原作とする『バカボンド』にも描かれている。


石舟斎が活けた花を、それを知らない人が見てもその技の見事さには気づかない。武蔵だからこそその技の巧みさに気づけたという見方もできる。



人の切り口としての所作、を考えると、なんだか常に身が引き締まる気がする。
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by goro0124 | 2009-01-18 19:12 | 建築

高架下の風景

五反田駅の高架下。

西日が差し込んで光輝く瞬間。



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高さ約3.2M、奥行き約27Mのトンネルの中で、長さ12Mの光が伸びている。

何気ない所にも美しい場所があると、なんだか嬉しくなる。



かばんの中の荷物を取り出そうとしゃがみ込んだら、10秒としない内に数え切れないほどの鳩に囲まれました。

親父狩りでしょうか。

もうそんな年です。
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by goro0124 | 2008-12-19 21:41 | 建築

コンペ

シェルターコンペを提出した。

今回は友人と一緒にやったんだけれど、人と一緒にやると自分では考えられないようなアイデアや考え方が出てくる。
知らず知らずのうちに自分の考えというのは凝り固まっているのだろう。

提出は余裕をもってできたし、出来にも満足。
後は結果を待つのみです。

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by goro0124 | 2007-10-01 11:11 | 建築

研究室の棚を作った。

実際に作ることは楽しい。とてもすがすがしい気分だった。

今回は
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設計から作成まで携わったけど、設計段階でのイメージと完成品の出来栄えとはかなりの差があった。

寸法の持つ影響は大きく、たった数センチ違うだけでも全体の印象が大きく変わってしまうのだ。

経験しなければ分からないことが世界には山ほどあるc0097932_16141716.jpg
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by goro0124 | 2007-06-22 16:14 | 建築

建築にできること

ブログを再開しよう

この一年間やることに追われて書くという行為がおろそかになっていた。反省。

忙しいときだからこそ見えなくなるものが多くなる。そんな時だからこそ、書くことで見えてくることがある。


昨日は千葉大学卒業設計展「千葉大展」の講評会があった。
ゲストは外部から大野先生、塚本先生、曽我部先生、千葉大から栗生先生、岡田先生。

自分の作品の講評で痛切したのが、「建築に何ができるのだろう?」ということ。

自分の作品は難民をテーマとしたもので、それに対して建築を作るものだった。
講評では本当にその建築が必要なのか?と指摘された。

難民のような社会的弱者に必要なのは、建築が第一義ではないのかもしれない。それは気付いていた。
だけど建築にできることを挑戦してみたかった。


講評で指摘されたことは、まさに自分の矛盾を突いていた。


人を感動させるようないい建築、空間を作りたいと思う。

社会的弱者の傍に立つような社会的活動をしてみたいとも思う。

しかしそれらは必ずしも両立しない。

建築家としての成功を夢見ていないといえば嘘になる。


建築に何ができるか?これは自分にとって最も深いテーマになるのだろう。
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by goro0124 | 2007-05-21 02:53 | 建築